特別編_座談会2023秋
東京大学大学院新領域創成科学研究科で活躍している大学院生、研究員、教員の方の研究に対する思いを対談形式で紹介してきた“Frontier Connection”。毎回、記事の後半に、~Diversity & Inclusionを実現するために~というコーナーを設け、研究の世界で、現役で活躍する皆さんの様々な想いや意見に焦点を当ててきました。
今回は、特別企画「Frontier Connection 座談会」をレポートします。
Diversity & Inclusionについてこれまで挙がった声について、3人でたこ焼きを囲いながら、ざっくばらんに語り合いました。
メンバーは、Frontier Connectionで登場した
自然環境学専攻 自然環境評価学分野 修士課程2年の藤井恵理奈さん(以下、「恵」)
先端生命科学専攻 人類進化システム分野 博士課程1年の石田悠華さん(以下、「悠」)
基盤科学研究系 物質系専攻 博士課程3年の小林柚子(以下、「柚」)です。
(学年は座談会が行われた2023年9月時点のもの)
今回の司会と記事の取りまとめは小林柚子さんです。
Diversity & Inclusion これまでの声
これまで合計6名へのインタビューの中でDiversity & Inclusionについてさまざまな意見が寄せられました。筆者がインタビュー全体を通して感じたことは、みんなそれぞれこの言葉に想いを抱えて研究をしているということです。私はいつも「”Diversity & Inclusion”についてどう思いますか?」という抽象的な投げかけをします。皆さん共通して、少しだけ考えたあとに、それぞれの想いを語ってくれました。
「そんなこと当たり前で考えたことがない」という答えが返ってきたことは一度もないという事実が、研究科における”Diversity & Inclusion”達成への遠さを物語っているのかもしれません。でも私は、それを語る皆さんの真剣なまなざしや柔軟な考え方にこれからのアカデミックを変えていくかもしれない心強さも感じました。
柚:最初に第6回までに~Diversity & Inclusionを実現するために~のコーナーで挙げられた意見をまとめると下記のとおりです。“Diversity & Inclusion”の対象は必ずしも男女に限らないのですが、最初は男女共同参画の企画だったため、すべて女性学生へのインタビューになっています。その結果、やはりジェンダーに関することが多いですね。
①教員が男性ばかりでは?
②進学をもっと自由に!
③スローガンは必要?
④「女性はこうあるべき」?!
⑤多様な進学パスの先にあるもの
⑥性別にとらわれない研究環境へ
悠:あとは進学パスについてですね。
柚:私自身もそうですが、今日来てくれた藤井さんも、社会人を経て進学しています。第2回の藤岡さんは、働きながら博士課程での研究を進めているし、以外にいろんな経路や立場でこの新領域に所属している人がいるんだな、というのは私自身も発見でした。第5回の藤井さんはJICA海外協力隊も経験されていて、本当にさまざまですよね。
恵:そうですね。インタビューではそのあたりの話も聞いてもらいました。
柚:今日は、ジェンダーと進学パス、2つのテーマについて話していければと思います!これまでの取材や、アカデミックのジェンダーに関する議論を見てきて疑問に思っているのは、『性別にとらわれないって可能なの?』ということです。女性を増やそう、という動きと性別にとらわれない、という目標ってなんか矛盾してないか?という疑問は、取材でもたびたび議論になりました。
性別にとらわれないって可能?
悠:女性限定公募とかの話ですよね。
恵:私は今、博士課程に進むことも考え中なのですが、『女性は今、有利だよ』と言われたりします。多分女性限定公募などがあるからってことなのだと思うのですが。でも、大体そう言ってくださるのは男性の方なんですよね。
柚:私もたまに言われます。女性限定公募があるから有利、は事実かもしれないけど、それを男性の先生の口から言われてモヤッとしたこと、私もあります!そもそも「女性であること」と「研究」には何の関係もないのに、なぜかハンデがあって、それを何とか是正する制度という感覚です。それなのに有利といってしまうのはあまりに小さい範囲しか見ていないのでは?というのが、私個人がモヤッとする理由かな…
恵:たしかに、そう感じますね。私の指導教員は男性ですが、近くに女性の先生や子育てをされている先生がいるので、女性教員の意見を聞く機会にも恵まれています。でも、そうでない人も多いのではないかと思います。
柚:私は修士まで、女性の教員がひとりもいない研究科にいたので、将来のキャリアがあまりにも見えず、当事者ではない人たちの意見に惑わされた苦い経験があります……『有利なんだ』と思って素直にキャリアを決めてしまうのもリスクですよね。
悠:私は、女性限定公募でポストを得ることに否定的な人もいるんじゃないのかなと少し心配です。
柚:なるほど。私はそういう公募でポストを勝ち取ってものすごく活躍している人を何人か知っているのでそう考える必要はない、とは思うものの、複雑な気持ちというのもわかります。私は研究を続けられるいい環境が女性限定公募であればそこに素直に希望を持ちますけどね。
悠:たしかに、そんなこと悩んでいるどころではないという状況にはなりえますね。
柚:今D3で、まさにポストの問題を抱えているからだと思います。そもそも、大学院まで進んできた女性がアカデミックでのキャリアを阻まれるのってなんでかな、とよく考えるようになりました。女子中高生の理系進学率が低い理由としては 、第1回の小澤さんや第4回の薛さんが言及してくれたように、女性教員の少なさやジェンダーバイアスがあるのかなと思います。それを乗り越えた私たちにもまだ壁はあるんですよね。私の場合、産休・育休制度とアカデミックの相性の悪さに絶望的な気持ちになることがあります。
恵:それはありそうですね。
柚:これはただのぼやきですが、産休が女性の問題とされるのはわかるのですが、なぜ育休も女性の問題なの?!ってよく不満に思います。全く意味がわかりません。
恵:男性の先生で育休を取っているというのはあまり聞いたことがないかもしれないです。
悠:男性の先生でも育児のために在宅勤務をされる方はいますね。
柚:在宅勤務が浸透したのは少し希望ですね。
悠:その時にサポートしてくれる人がどれだけいるのかにもよると思いますが、子供が生まれたら、学会とかも託児所がない遠方の場合は行きたくても行けないみたいなことが起こるのかなあと思います。
柚:ああ、たしかにそうなりそう。私の先輩の女性研究者も、お子さんがしょっちゅう熱を出すから会議や出張の計画が難しいとおっしゃっていました。それは子育て中の男性研究者も同じかもしれないですけどね。
研究科に何を求めるか?私たちに何ができるか?
柚:さて、いろいろ話してきましたが、研究科に求めることと、自分たちができることをなんとなくまとめましょうか。
悠:アカデミックのジェンダー問題については、少しずつ制度ができてきている過渡期という印象があります。一方で、それを使うのがどんな感じなのかが想像できない…
柚:そうですね。入口だけ広くしてもその後が続かなければ意味がないですからね。
悠:もっとアフターフォローがあるといいなと思います。
恵:自分ごととして、もう少しリアルな制度を作ってほしいですね。
柚:それは、たとえば中高生に向けて発信したりする企画についても言えることですよね。理系進学を促進するような企画がたくさんあるじゃないですか。でも、進学した後どこまでサポートがあるの?と言うと進学促進ほどの力が入れられてない感じがしますね。
悠:こういう風に女性同士で話す機会がもっとあるといいと思います。知らないことをたくさん気兼ねなく聞けるし。
柚:カウンセリングとかは少し大げさに感じるので、仲間同士雑談ができるのが一番ですよね。
恵:わかります!私の研究室では女性の学術専門職員さんがちょっとしたことを気にかけて声をかけてくださって、癒しになっています。
柚:入口を広くする制度だけでなく、今いる人たちの研究生活をよりよくする点をもっと重視して制度を作ってほしい。例えばこういう、研究室とはちがうコミュニティでの雑談をサポートするような、ってことですね。
恵:それができたらとてもいいと思います。
悠:今回は、たこ焼きを囲んで雑談していますが、こういう座談会を気軽に開催できたり、参加ハードルを下げたりできたらうれしいですね。
柚:こういう集まりが気楽にできると、男性、女性だけでなくいろんなコミュニティが研究科内で活性化されそうですね。私も、こういう人たちで集まってくださいと強制される企画より、気の合う人たちと集まれるような企画がもっとできるといいなと思います。いろんなルールで縛られがちですが、堅いことは言わずに、どんどんサポートしてほしいですね。
悠:それが研究科に求めることですかね。
柚:私たちができることは何でしょうか?
悠:こういう座談会を企画、開催することでしょうか。
恵:それは一つだと思います。
柚:前例を作ったという点で少しだけ貢献できたかもしれませんね。
悠:記事を書くというのは、中高生やこれから進学する人たちに向けてという側面が強いですが、こういう座談会は今いる人たちに向けた企画にもなっていると思います。
恵:私も今日いろんな新しい観点が得られました。研究室にこもっているだけでは知れなかったと思います。
柚:あとは、自分たちが壁をアカデミックにおけるジェンダー壁を乗り越えていくことだと思います。今制度ができつつあるのは、先輩たちのおかげだと思いますが、自分たちもそれに貢献しないと……残っていけるかはわかりませんが。
悠:頑張りたいですね。
進学パスについて
柚:さて、次は進学パスについて。私は修士課程修了後、1年半企業の研究職として勤めたあとに博士課程に進学しました。藤井さんは、6年社会人をされたあと、JICAでケニアに渡り、コロナ禍で帰国して修士課程に進学されました(第5回参照)。石田さんは、修士課程からそのまま博士課程に進学されて1年目ですね。つまり、今日はいろんな進学パスの人が集まっています。
悠:素朴な疑問ですが、お二人とも、退職して進学されたんですよね?他の選択肢もいろいろあったのではないかなと思うのですが、どうして今のような決断をされたのですか?
恵:私はまずJICA海外協力隊として派遣される業種が仕事と違ったこともあり、休職という選択肢はなかったかなと思います。戻ることもあまり考えていなかったですし。
柚:私は……なんでだっけな。あまり何も考えていなかったのかも。いや、制度上3年も休職できない気がします。多分。
悠:なるほど。期間の問題ですね。社会人博士の制度はなかったのですか?
柚:ありました。私も大手企業を退職するリスクを考えて、最初は社会人博士での進学を考えていました。社会人博士をやる人が多いと聞いて会社を選んだところもあります。ただ、これはあくまでも私の一例にすぎませんが、その部署での社会人博士を取っている人は大体同じ研究室で取っていました。やりたい研究とはかなりズレがあったので、私のやりたいことと会社での研究内容を両立できるような研究室への進学(および共同研究)を提案しました。でも結局、前例がない、ということで却下されてしまいましたね。それ以来、退職を考え始めた感じです。
恵:前例がないという理由で却下されるというのは、会社あるあるかも。
悠:紆余曲折あって、退職して進学という選択に至ったのですね。
柚:でも、よかったこともあって。今思うと、修士の頃は博士号かっこいい、研究続けたい、でもアカデミックは不安という気持ちがどれも漠然としていたんですよ。
恵:わかります……
柚:企業で壁にぶつかったから、本当にしたいことは何か、に真剣に向き合って考える時間ができました。その結果、博士号なら何でもいいわけではなくて、原子分子レベルで化学反応を調べる研究をして、自力で論文を書ける能力を獲得したい、という目標が明確になりました。周りと比べて落ち込みそうになっても、それをちゃんと達成したので満足だな、って思えます。
恵:ちょうど博士課程に進もうか迷っている最中なので、すごく参考になります!目標を明確にするのは大事ですね。石田さんは、修士からそのまま進学するのに迷いはなかったですか?
悠:当初は悩みました。でも、決め手はやっぱり研究が面白いって思ったからですね(笑)。
恵:わかります。私も修士に入って1年目は研究の右も左もわからなかったんですが、2年目になってようやく色々なことが見えてきて、研究が面白くなってきたところです。でもそんなタイミングで進学するか就職するかの選択をしなきゃいけなくなるんですよね。
柚:藤井さんは、どんな部分で迷っているんですか?
恵:実は、去年受けてみた公務員試験で内定をいただき、そこに行くなら今年の12月から働き始めないといけないんです。
柚:ってことは、修士修了前に就職ですか?
恵:そうなんです。修了要件の単位はほとんど取得済みなので、修士論文の発表や提出をすれば働きながらでも修了できるようです。
柚:なるほど。修士号は取れるんですね。
恵:個人的には色んな学び方ができていい制度だと思っています。ただ、職場が北海道なので、博士進学は無理かなと。
柚:学部卒業後に働いていた地域に戻る形になるんですね。
恵:そうなんです。北海道はとても好きだし、その仕事も興味はあるんですけど、同時に研究がとても面白くなってきてしまったので迷っています。
悠:それは悩みますね。
恵:研究が面白いのは確かなのですが、博士課程に進む話をすると周りから何のメリットがあるの?と聞かれることが増えました。それに明確に答えられない部分もあって難しいです。
柚:学費も払うし、一日中研究だし、お給料はもらえないかもしれないし。私も退職して進学することを両親に説明するのが大変でした。
悠:研究が面白い、だけではだめなんですかね。
柚:まぁ結局はそこですよね。
悠:あとは、環境がよければ、進学して十分充実した研究生活を送れると思っています。
柚:その通りですね。研究の面白さと同じくらい環境も大事だと思います。そこはどうなんですか?
恵:そこも、とても恵まれた環境です。
柚:じゃあきっと、博士進学しても研究を楽しめると思います。でもやっぱりその先のことが心配になってメリットとか考えてしまうのはわかります。
悠:日本では色々議論がありますけど、海外で仕事するときに修士と博士では違うというのは聞きます。
柚:そうですよね。アカデミックに進むわけじゃなくても、博士号を持っているということが活かされるタイミングは結構あると考えています。
恵:なるほど。研究室運営者等のアカデミックを目指すわけじゃなくてもいいんですね。
柚:それはそう思いますよ。私も、博士課程修了後もひとまずは研究を続けたいと思っていますが、その先どうするのかは明確に決めていません。進学するときは、修了後もう一回就職することや、サイエンスコミュニケーションの仕事を探すことも視野に入れていました。
恵:なるほど、自由に考えていいんですね。
柚:そのうえで、博士に入ってからも今後のことはたくさん悩みました。10年後20年後は想像できないから、5年後どうしたいかを考えた結果、今は希望を2つに絞っています。1つは今見えてきた新しい研究テーマを進めたい。もう1つは、家庭を持って、できれば子供がほしい。お金とか社会的地位とかは、この2つが成立する程度でいいやと考えています。
恵:たしかに希望を絞っておけば、自ずとどうすべきかがわかりますね。私も、大学のときに野生動物に関わりたいという想いを抱えながら就職のことを考えて農業系に進んだけど、結局それが心残りになっていました。自分の希望を明確にするのって大事ですね。
柚:藤井さんは色々と経験されているから、そこの解像度は高い方だと思います。例えば評価されたい、とかを希望にしちゃうと博士課程って結構しんどいのかなと思っていて、私はその希望は捨てているので、人と比較して落ち込みかけても気持ちを立て直せるようになりました。
悠:私は評価されることにも価値を見出すというか、評価が一つのモチベーションになりますね。
恵:そうなんですか?
悠:ここまでやりたいという目標を立ててそれを達成した時に、良いフィードバックがあったり、論文の著者として自分の名前がはっきり残ったりするのは嬉しいです。
柚:あーたしかにそうですね。会社だと、個人の名前が載ることって少なくて、あくまでもその会社の人、という存在になりますもんね。
悠:そうなんですよ。そういうところも研究の魅力かなと思っています。
恵:そういう考え方もあるんですね。
柚:私にとっても新たな発見でした!
再び、研究科に何を求めるか?私たちに何ができるか?について
〜まとめにかえて〜
柚:進学については三者三様の話ができて面白かったですね。研究科に求めることと、自分たちができることは何なんでしょう。
悠:自分たちにできることは今話していたことのような気がします。自分が何をしたいのか、を突き詰めて考えるというか。
恵:そうですね。それを私もやっていきたいと思いました。
柚:人と話してみると新しい発見があるなと思いました。どうすればいいかわからなくなったときは、誰かと話し合ってみるのもいいかもしれません。あとは私や藤井さんのように、いろんな進学パスの人がいるよ、というのをもっと発信していきたいですね。
恵:たしかに、まさに多様性ですよね。意外に進学の仕方に多様性があるなと思いましたが、外からはあまり見えないかもしれないですもんね。
悠:いろんなバックグラウンドを持つ方も多いですし。新領域のいいところですよね。発信する活動は大事ですね。
恵:研究科には、もっと制度を整えてほしいかなと思う部分があります。
柚:働きながら修士を取れると言っていましたね。
恵:そうですね。いい制度だとは思うのですが、本当は長期履修制度が使えるといいなと思っていました。
柚:第2回の藤岡さんが使われていた制度ですね。
悠:藤井さんは使えないんですか?
恵:色々と問い合わせたのですが、この制度は入学時にそうなることが決まっていることが想定されていたり、申請時点ですでに仕事についている人向けなので、途中から切り替えるのは難しいんです。
柚:あ~藤井さんの場合は、修士の途中からですもんね。でも、途中で事情が変わることってありますよね。たしかに、制度のちょっとした柔軟さが選択肢を増やして一人の人生の豊かさを左右することもあると思います。
悠:お二人の話を聞いていて、退職しなくても休職して進学できればいいのになと思いました。
柚:たしかにそうだったら、背水の陣にしなくても進学できた……
悠:そういう点での企業と大学の連携があったらいいですよね。
柚:企業が博士課程進学を支援する制度は最近聞くようになりましたが、もっと広がってほしいです。
恵:私の場合は入学の手続の書類の多さなども障壁に感じました。
柚:たくさんの複雑な書類を限られた期間内に事務に郵送か手渡しする、みたいなやつですよね。忙しく働いている人や子育てしている人、遠方の人にはシビアかも。
恵:多くの人が自由に学べるようになるためにできる細かい工夫はまだまだたくさんあると思います。
柚:派手に宣伝することよりも、そういった一つひとつの小さい障壁を解消していくことがDiversity&Inclusionのためになるのかもしれないですね。