第3回
計算と実験の二刀流で化学反応を調べたい!
【前 編】
取材先:基盤科学研究系 物質系専攻 竹谷研究室 博士課程3年(取材時) Minhui Leeさん(以下、「Mini」)
インタビュアー: 小林 柚子さん(基盤科学研究系 物質系専攻、竹谷研) (以下、「柚」)
※インタビューは英語で行われ、筆者が日本語に訳しました。
化学というと、試薬がたくさん置かれた実験室で白衣を着た研究者たちが溶液を混ぜたりフラスコを振ったりしている姿を思い浮かべる人が多いかもしれません。でも実は、ひとつの分子を取り出して調べるような実験や、コンピュータで計算する化学もあるんです。今回は、化学反応という現象をクリアに説明するのを目的に、分子ひとつひとつを対象とした実験と計算を使いこなすMinhuiさんのお話です。
【前編】有機化学に進むはずが計算化学の道へ
柚: 研究内容を教えてください。
Mini: ひとつひとつの分子がどのように化学反応していくのかを、実験と計算の両方を使って調べています。
柚: 実は私たちは同じ研究室なので、実験の方は私も結構わかります。Miniさんの場合は、宇宙空間ぐらいの真空、つまり余計な分子がいない状況をつくって、その中で目的の分子のみが固体表面に載っているサンプルをつくり、ひとつひとつの分子の化学反応を見る実験をしているんですよね。
Mini: そうです。ひとつひとつの分子を見るためには特殊な金属の針を使います。とても鋭い針で、先端が原子1個になっているので、そこからの信号だけを見ることができます。
(実験装置の写真)
柚: うんうん。すごい仕組みですよね。私は最初、分子1個が見えるなんて信じられなかったです。気になるのは、計算の方。計算化学とはどういうものですか?
Mini: ひとことに計算化学といっても、とても広い分野です。私の研究分野では、物質の物理的な性質や化学反応のメカニズムを、スーパーコンピュータを使って計算します。どのような経路で反応するか、どのようにエネルギーが変化するかなどを調べることで、化学反応への理解を深めることが目的です。
(計算中のPC画面の写真)
柚: たしかに、実験だけではわからない部分も多くて、反応経路やエネルギーを計算で調べて照らし合わせることが多いですよね。計算化学は、化学反応を理解するうえで必須だと思います。大学に入ったときから、計算化学やりたいって思っていたんですか?
Mini: いや、実はちがいます。むしろ、有機化学の合成をやりたいと思っていました。
柚: 意外!合成って、いわゆる白衣を来てフラスコを振って、新しい物質を作る分野ですよね。私のイメージでは、どうやって化学反応が起こるのか、などを調べる計算化学から最も遠い分野でした。
Mini: んー、私の中では、そんなことはないです。私はとにかく「化学反応」に興味があったんです。有機化学って、いろんな反応を学びますよね。そこで、なぜ反応が起こるかを、こっちに電子が移動してこの結合が切れるから...とか、明確に説明できるじゃないですか。化学反応という現象をクリアに説明できるから有機化学も面白い。
柚: たしかに。「現象をクリアに説明する」というのがポイントなんですね。
Mini: そうですね。もともとは、化学の授業で習った電子軌道がすごく面白いと思ったんです。原子の周りにいる電子が、確率的に存在して、それがそれぞれ形を持つというのがなんか興味深くて。
柚: 1s起動、2p軌道...ってやつですね。たしかにあれを最初に知ったときはびっくりしました。
Mini: そうそう。なんでその形になるのだろうとか、それがどうやって化学反応に関わるんだろうとかが気になって、大学では化学反応を研究したいと思いました。そうしたらやっぱり、いろんな化学反応を説明する有機化学が面白くなってきて。
柚: なるほど。私の大学でも化学の中では有機合成化学は人気でした。韓国でもそうでしたか?
Mini: そうでした!だから2年生のときに有機合成化学の研究室にアポイントを取ったのですが、まだ早すぎると言われました。韓国の大学では、いつでも研究室に入れることが多いのですが、「化学の基礎を学んでから研究室に参加してください」と言われました。その頃はまだ有機化学の基礎を勉強中だったので、3年生になってから出直すことにしました。
柚: やる気満々ですごい!でも、そんなに積極的だったのになんで有機合成化学に進まなかったんですか?
Mini: それがたまたまで... 3年生になって連絡したころには、もう3年の定員が埋まっちゃってたんです。
柚: ええ、それは残念、、
Mini: でもそのおかげで、計算化学を知りました。計算化学の先生は新しく大学に着任したばかりで、その分野をよく知らなかったので、話を聞きに行ったんです。そこで、一気に興味をそそられました。まさに電子軌道がなぜそうなるのか、とかこの化学反応がなぜ起こるのか、とかがわかるんだと思って。
柚: 高校のときの興味にダイレクトに繋がりますね!予定とはちがっても興味にぴったりの研究室が見つかることがあるのか~。固定観念に縛られずに話を聞きに行くの、大事ですね。