第1回

数学苦手! から数理モデリングの研究の道へ

【後 編】

取材先:基盤科学研究系 複雑理工学専攻 郡・小林・泉田研究室博士課程2年 小澤歩さん(以下、「」)

インタビュアー: 小林 柚子さん(基盤科学研究系 物質系専攻、竹谷研) (以下、「」)

【後編】数学が苦手だったのに数理モデリングの研究の道へ進んだ彼女の研究生活と葛藤

:研究内容を教えてください。

歩:研究は面白いけど、葛藤もあります。

柚:どんな葛藤ですか?

歩:数理モデリングは、ある現象を捉えるための数式を立ててそれを解くことで、その現象について理解することを目的としているのですが、実際にこれがどれだけ現実の理解に役に立つのか疑問に思うときがあります。例えば、今扱っている数理モデルの具体的な出口は、パーキンソン病の治療法に関する理解なのですが、私の研究結果からすぐに治療につながるかというと、それは結構難しいです。なるべくリアルな数理モデルをスーパーコンピュータで計算するような研究に対して、私のはそれよりもだいぶ抽象化した数理モデルの研究なので。

柚:ああ、それすごくわかるかも。分野は違いますが、私のも原理探索を目的とした基礎研究なので。社会に役立つゴールはあるけど、それは結構先の話という感じですよね。小澤さんは、それでも基礎の部分をやっているのはどうしてですか?

歩:たぶん、「解析的に解ける」という点に憧れたからです。学部では、シミュレーションで「数値的な解」を求めることが多かったので。

柚:「解析的に解ける」というのはどういう意味ですか?

歩:例えば、x+y-1=0という方程式はyについて解くことができて、y=1-xとなりますよね。こんな風に解を書きくだせるとき、「解析的に解ける」といいます。シミュレーションは、解析的に答えが求められないような式に対しても、どんな数値をいれたらどんな結果になるかがわかるので便利です。でも、そうして得られた結果がどれくらい正確で普遍的なのかを判断するのは難しくて、もどかしさを感じることがあります。一方で、元の数式を変形して導いた答えは、厳密に正しいと言えます。元の数式のままでは難しすぎて、式変形の途中で近似式を使うこともありますが、その場合は答えがどれくらい正確なのかを知ることができます。いずれにせよ、ある範囲内では、はっきり正しいと言い切れる。それが魅力です。もちろんシミュレーションも使いますが。

柚:はっきり正しいと言い切る。たしかにそれ気持ちいいですね。結局、そういう憧れとか、最初にすごいと思った体験が駆動力になることってありますね。ちなみに「解析的に解く」ってことは、もしかして手でゴリゴリ計算してるってことですか。

歩:そうです。裏紙とかに数式をいっぱい書いています。もちろんソフトウェアに任せることも多いですが、手計算の方が適している場合もあります。

(計算用紙写真)

柚:うわあ。すごい。かっこいい…

歩:私も、数学苦手だったのに、博士課程まできてこんなに手計算すると思いませんでした。

柚:苦手のままで放置してきた私からしたら、すごく尊敬します。数理モデルの研究って、どんなサイクルで研究が進むんですか?実験系の私とは全然ちがう研究サイクルなのかなと思って気になります。

歩:そうですね、まずはある現象を捉えるためにどんなモデルがいいか検討します。うまく現象を捉えるのはもちろんですが、うまく解析できるというのも大事なポイントです。式としては似ているんだけどちょっと変えるだけで劇的に解きやすくなるってこともあります。だから数式を立ててみて、ちょっと解いてみて、無理そうだったら現象からずれない範囲で数式を変えてみて…という風に適したモデルを探していきます。

柚;なるほど。高校生のときは、解く問題を与えられていたけど、解く問題も自分で設定するんですね!

歩:そうなんです。それができたら、シミュレーションや手計算、ときにはコンピュータに計算させて数式を簡単なものに落とし込んだり、解の性質を調べたりします。そのモデルから何か体系的なことや、他の分野に提案できるようなことがわかったら論文などで発表するという流れです。だからずっとデスクワークです。

(研究室の様子)

柚:そうか…私だったら、自分の数学力のなさで解けないのかもと思って悩みそうです。

歩:私もそれで悩んだりしますよ。

柚:そうなんだ! そういうときはどうするんですか?

歩:他の論文をいっぱい読んで対応策を探したり、それこそシミュレーションで当たりを付けたり。ときにはしばらく寝かせることもあります。私の場合1週間くらい考えてできなかったらいったんはすぱっと切り替えることが多いです。でも翌日になってあれ、大したことじゃなかったとわかることもあります。

柚:へえ。数理モデルの研究者でも、そういう風に一歩一歩進めているんですね。日々数式に向き合う生活ってかっこいいです。

~Diversity and Inclusion を実現するために~

教員が男性ばかりのところがいけてない。

歩:他人の性別は名前や写真から容易に判断できるものではありませんが、専攻webページを見る限り教員は全員男性ではないかと思います。女性研究者が少ない分野が集まっている専攻なので難しいこととは思いますが、女性の教員がいるといざというときに相談できて、女子学生はより安心して入学できるのではないかと思います。

柚:たしかに中学のとき理系の先生はほぼみんな男性でした。

歩:もしかしたら、そういうバイアスの積み重ねなのかもしれないですね。

柚:直接「男のものだ」とはさすがに言われなくなってると信じたいですが、無意識のバイアスがまだまだあるとしたら、変えていかなきゃですよね。

歩:そういえば小学校のとき、私の小学校はIT特化指定されててパソコンを使うことがよくありました。そのときパソコンが得意な友達のお母さんが教えてくれたんですよね。だから受験のとき情報科学科でパソコンをばりばりやることに全然抵抗がなかったのかもしれないです。

柚:たしかに、そういう原体験って大事。因果関係を断定することは難しいけど、いろんな要素で学生の進路って決まりますよね。

歩:そうなんですよ。だから、自分に理系科目なんて関係ない、と思っている人たちにこそ情報を届けなければいけないなと思います。

柚:いろんな人が研究やってるよー!っていうのをどんどん発信していきたいです。